地震
3.11に地震があってから
昨日で2週間になりました![]()
今でも、当日の事をはっきりと
覚えてる。
その日は、ちょうど一息ついて、
家でテレビつけたら、
ガタガタッと来ました![]()
レンジや炊飯ジャーを置いた棚が、
こっちへ迫ってきたり、
食器棚は開くし、
諸々入れた棚は、
棚から崩れ落ちるし。
鼻さんも、初めての体験で、
身体中、ガクガクブルブルと震えてた。
とりあえず、
テーブルの下に非難させた。
次に、家族の安否確認。
電話は繋がらないから、
メールで確認。
実家では、停電に。
姉の家は、モノが散乱したそうだ。
妹も、双子の赤ん坊を抱えて、
テーブルの下に潜ったそうだ。
それぞれの旦那や、
子供達も無事でよかった。
無事を確認したら、
リア友の安否確認。
こちらも、全員無事でよかった。
本当に。
本当に。よかった。
私は、ラッキーな人間だ。
だって、五体満足に乗り切れた。
次の日、やっと母から繋がって、
「叔父さんが北茨城のすぐ近くで
被災した」
と、連絡があった。
それと同時に、買い占めで
スーパーや、ホームセンターで、
ものすごい人で、ごった返している事も。
母は、買い占めではなく、
計画停電に備えて、
自家発電機を買ったのだ。
一人の、家庭を守る女性として。
その後、妹の所の双子にあげる
ミルクがなく、買いに行ったら、
買い占めで全くなくて、
隣の街まで、
スーパーを何件も、
乳母車をおしながら探し回ったそうだ。
やっとの思いで、2缶買って、
それを聞いた母が、心配して
地元の薬局に向かって、2缶買って、
なんとか暫くはギリギリで
生活出来るメドはついた。
それでも、一ヶ月もつかもたないかだ。
叔父さんの方は、
みんな元気だけど、
電気、ガス、水道全くなくて、
水は破裂した水道管から、汲んでいる
と聞いた。
あたしは、なんとか行きたいけど、
電車もない、ガソリンもない。
そんな感じで、毎日悶々としています。
自分に、何か出来る事はないのだろうか?
瓦が壊れて、ブルーシートと土嚢と紐で
カバーの代用になってる、
屋根を何件も見ながら
毎日、自問自答です。
被災している、叔父さん、頑張れ!
被災者の皆さん、頑張れ!
あたしも、節電や募金とか、
物資を届けるとか、頑張るから!![]()
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まだまだ、余震が収まらないし、
放射能も怖いけど、
でも、やるしかないよね。
放射能の件は後ほど…
頑張ろう![]()
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